松田直樹さんを忘れない!横浜F・マリノス、神奈川県、松田直樹メモリアル、ファストエイド連携CPR(心肺蘇生)・AED訓練普及の啓発活動「#命つなぐアクション」開始




あなたの大切な人が急に亡くなる悲しみを想像してみてください!奈落の底に突き落とされるような気持ちになるでしょう。想像だけではありません。昨日まで元気に活動していた人が亡くなることを身近に経験したことをありませんか。8年前がそうです。当時松本山雅FCに所属していた元日本代表、横浜F・マリノスのディフェンダー松田直樹さん(愛称「マツ」)が急性心筋梗塞で急逝しました。
でもこれには、一命を取り留めることができたかもしれないという事実もあるのです。それが、CPR(心肺蘇生)とAEDです。横浜F・マリノス、一般社団法人ファストエイド等が連携し、Jリーグ社会連携活動(通称:シャレン!)の一環として「#命つなぐアクション」と題した活動をスタートします。ご興味ある方、ご一読ください。

松田直樹選手とは

前橋育成高校時代から各カテゴリーの日本代表に選出され、1996年開催のアトランタオリンピックでは、ブラジルに奇跡的な勝利をもたらした所謂マイアミの奇跡を経験しました。
2002年日韓ワールドカップではフル代表に選出され、日本の初めてのワールドカップベスト16入りの原動力になりました。
当時の代表監督であったフィリップ・トルシエをして「信頼できる選手で、2002年ワールドカップでは日本代表のキープレーヤーだった」と語らしめました。

所属チーム等

所属チームは高校卒業時から長く横浜F・マリノス。マリノスではディフェンダーの中心として活躍、キャプテンに就任し、2003年、2004年、2年連続のJリーグチャンピオンになるという輝かしい経歴の持ち主です。2011年から当時JFLに所蔵していた松本山雅FCに所属チームを変えています。

マツの急逝

それは、突然のことでした。日本全土に、「松田直樹選手が、練習中に突然倒れ、心肺停止状態で病院に緊急搬送されました。」とうニュースが報道されました。
翌2日後、松田直樹選手の逝去を伝える報道が伝えられ、暑い中、夏休み合宿でサッカー練習をしている少年達、中高校生達、大学生、社会人、いや、プロ選手まで悲しみに包まれました。
このニュースは世界中でも報道され、国際サッカー連盟の会長が「日本代表の伝説的なディフェンダー」と評し、哀悼のメッセージを贈る程でした。

マツの命は救えた

松田直樹選手の逝去は、とても痛まく、悲しい出来事でしたが、当時、言われていたことが、グランドにAEDが設置されていたら、一命は取り留められたのではということでした。
これをきっかけに、2012年からは、Jリーグのみならず各リーグでのAED設置の義務化が決定しました。サッカー界のみならず、日本陸連でもトラック・フィールド種目でのAED義務化を実施しました。企業の会社内で行う訓練にもAED操作方法の説明、実地訓練のメニューが急速に普及し出しました。

命つなぐアクションとは

CPR(心肺蘇生)・AED訓練普及活動に、より一層力を入れて、救える命を救う活動です。松田直樹選手が長く所属していた横浜F・マリノスのホームタウンである横浜、神奈川県から全国に広げることを使命にしたアクションになります。身近な人の命を救いたいという気持ちはお持ちでしょう!もし身近な人が心肺停止になったら、どうすべきでしょう。

答えはここにあります。

詳しくはここからご覧になってください。
https://www.f-marinos.com/3action/